嘘の様な本当の話。
『カラオケが苦手で嫌いな人は日本がスゴく生き辛い』という悲しい文化が、残念ながらこの日本にはありますね。。。「カラオケなんてこの世から無くなってしまえ!」と呪ったことは数知れず。。。
分かる人には分かるけど、きっと、分からない人にとっては絶対に理解出来ないのだろうなぁ。。。う〜ん、ほんと分からない人が羨ましい^^;
うつ病の原因にさえなり得る『生き辛さ』は大体全部『対人関係』から生まれるのですが、カラオケが苦手だと日本社会の中では対人関係が悪化してしまい易い気がします。
新入生歓迎会。
新入社員歓迎会。
入学、入社直後の飲み会。
新たな出会いの場。
チーム内の飲みニケーション。
忘年会に新年会。
「よーし!みんなで親睦を深めよう^^!」
そんな大切なタイミングには何故か大体カラオケがセットですよね?
しかし、カラオケ嫌いだとこの日本の伝統文化を演じることが出来ずに、まず間違いなく1人取り残されてしまいます。。。これは本当に由々しき問題。
心の距離が100m縮めるベき時に、逆に心の距離が100km離れてしまうという、残念すぎる結果になってしまうんですよね。。。なんなのでしょうこの矛盾。。。
このカラオケ文化のせいで一体どれだけ苦しでいる人がいるのでしょうか?
大体ぜんたいの1割〜2割くらいですかね^^;?
「たかがカラオケでしょ?」と思うかもしれませんが、カラオケ嫌いの人にとってはかなり大きな悩みであり、ハンディーキャップなんですよね。
例えるなら、スタート直後に派手に転んで捻挫したまま走らなければいけないマラソン大会の様なものです。完走するのは非常に困難でしょう。あぁ辛い。まぁ、カラオケ嫌いな人にしか分からないでしょうが。。。
初めはただ歌うのが苦手だっただけなのに。。。
音痴だったり、音楽に興味がなかったり、あがり症だったり。
最初は純粋に人前で歌うのが好きじゃ無いだけだったのに、気づいたら周りと心の距離が離れてしまうという悲劇がおきてしまうのはきっと「同調圧力」のせいでしょう。
何故か日本人は複数人で集まると、「みんなと一緒の価値観にならなきゃいけない」空気が醸成されてしまいますね。集団心理の不思議です。
「う〜ん、ぼくは持ち歌ないし、歌うの嫌いなんで遠慮します」とハッキリ自分の意思を表明しても、「またまた〜、そんなに恥ずかしがらなくても良いよ。たたがカラオケなんだからさ。ささっ、歌って歌って〜〜〜。これ1人最低一回は歌わないと帰れないルールだからさ(笑」みたいになってしまい、結局イヤイヤ歌わされてしまう地獄。。。せめてお願いですから、カラオケボックスの隅っこでお地蔵さんになること許してください。。。
これって、「いや〜、ぼく泳げないんでほんと勘弁してください(汗」と言って全力で遠泳を断っている人を無理矢理に海へ突き落とすのと、基本的にやってるいる事は同じですからね^^;?
人権侵害は勿論。下手すると死んじゃいますから。これ冗談じゃなくマジなやつです。少なくともカラオケボックスでの息は浅くなり、心は死んでます。。。
そしてカラオケに行かなかったら行かなかったらで、「協調性のないヤツって思われたらどうしよう。新しい環境に移ったばかりでそれは辛い。。。」ってな感じで心には逃げ場が無い無理ゲー感。あぁ、南無三。
カラオケ苦手の当人としても、「なんでこの人達はこんなに嫌がっているのに、ぼくの気持ちを汲み取ってくれないのだろうか?」と孤独感を一層高めてしまうんですよね。1人の時よりも大勢の中で自分だけ浮いてしまった状態に陥った時が、一番孤独を感じる瞬間なのでしょうね。
カラオケが苦手。それでもぼくらは社会の中で生きていく
そんなこんなで、カラオケが苦手で嫌いだと日本社会で生きていくのは結構なハードモード。ぼくらの様な一部の人にとってカラオケは恐怖でしかありません。
30歳過ぎても「あぁ、カラオケの予定入ってしまった。。。最悪だぁぁぁ〜><」と気持ちが凹んだり、何故か人生について考えてしまうなど心が不安定になってしまうんですよね。いったい何歳になったらカラオケの呪縛から解き放たれるのでしょうか?
★★★★★
なんだかカラオケについての愚痴ばかりになってしまいました(汗
でも本当に、これまで生きてきてカラオケが苦手だと損をする事が非常に多いなぁ〜と心折れそうになる事が多々あったので、しょうがないですね。だって本当にそうなんだもん。
『カラオケが苦手・嫌い』は日本でスゴく生き辛い。。。
これはどうしようも無いですが、それでもなんとか生きていきましょう^^;